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高松高等裁判所 昭和54年(行コ)6号 判決

控訴人 有限会社黒猫パン店

被控訴人 新居浜税務署長

代理人 川上磨姫、藤田孝雄 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

(控訴人)

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が控訴人に対してした次の各処分を取り消す。

1 控訴人の昭和四〇年五月一日から昭和四一年四月三〇日までの事業年度分(以下「昭和四〇年分」という。)、昭和四一年五月一日から昭和四二年四月三〇日までの事業年度分(以下「昭和四一年分」という。)、昭和四二年五月一日から昭和四三年四月三〇日までの事業年度分(以下「昭和四二年分」という。)の各法人税について昭和四三年一二月二五日付でした各更正及び重加算税賦課決定

2 前項の各更正及び重加算税賦課決定に対する控訴人の異議申立について昭和四四年四月二三日付でした各異議決定

3 控訴人の昭和四二年分の法人税について昭和四四年四月三〇日付でした再更正及び重加算税賦課決定

4 控訴人の昭和四二年分の源泉所得税について昭和四三年一二月二五日付でした納税告知及び不納付加算税賦課決定

5 前項の納税告知及び不納付加算税賦課決定に対する控訴人の異議申立について昭和四四年四月二三日付でした異議決定

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文と同旨

第二主張

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示(ただし、原判決二四枚目表六行目の「使はれ」を「使われ」と訂正する。)のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

一  控訴人は、昭和四四年四月三〇日に送達を受けた被控訴人が同月二三日付でした本件法人税の異議申立に対する異議決定を不服であるとして、同年五月二二日、高松国税局長に対し、審査の請求をしたところ、同局長は、同年八月四日付で、本件三か年分のうち、第一年分のごく一部の取消を認めたほかは全部棄却する旨の裁決をなし、その裁決書謄本は、一括して、同月二二日、被控訴人を通じて控訴人に送達された。ところで、被控訴人から控訴人に送達された前記異議決定書の謄本には、「異議申立人は、この決定を経た後の処分になお不服がある場合には、この決定の通知を受けた日の翌日から起算して一か月以内に高松国税局長に対し、審査請求をすることができます」との付記があり、この文言の内「高松」とある部分以外は印刷文字によるもので、全国各税務署が共通に使用している用紙と思われ、そうすると、審査請求の対象となるというのが税務当局の公的見解であり、これを受理して内容にわたり審査し裁決した国税局も同様の見解であることは疑いを入れない。したがつて、審査請求ができないという被控訴人の主張は、憲法で保障せられている国民の納税義務の点からみても客観的に考えて誤りであり、国税局長が却下せずに内容の審理をし、裁決したことは、期間の経過についての控訴人の瑕疵を治ゆするものである。

二  控訴人代表者は、本件課税年当時、有限会社組織で営業していたが、その信用と技術は全く個人的なものであり、営業の場所及び設備もほとんど個人所有に属し、従業員も一名あるいは二名の徒弟を置いてはいたものの、その中心は昼夜を分かたず働き続ける控訴人代表者夫婦であつた。したがつて、控訴人は、会社とは名ばかりで実質は個人営業であつたし、個人としての開業時における投下資本が形を変えてその預金となつていた。控訴人の本件課税年ころの取引銀行は、近所の高知相互銀行新居浜支店だけで、他はすべて個人の貯金だけを置いてある金融機関にすぎなかつた。この個人資本を別にすれば、控訴人の資本は、わずかばかりであり、他からの法人借入資本も全然なかつたから、過去に蓄積した個人資金を一銭も使わずに、営業をできるはずはなく、高知相互銀行の出し入れの金銭がすべて控訴人のものであつて帳尻黒字も当然控訴人に属するとはいえず、むしろ、それはほとんど直接間接に個人資金取引であり、まれに法人勘定が混入する程度のものであつた。

三  ところが、被控訴人は、原料の仕入れ調査において、控訴人申告どおりの結果が出ているのに、販売量、コスト、経費などを厳密に計算せず、右の個人帳尻黒字から逆算して、控訴人に対し、全国統計よりも著しく高額で、地元の同業者に比しても数倍に達する課税対象所得を、しかも、すべて事後推計による方法で認定した。事後推計によるとすれば、前記の個人会社である事情も勘案して、控訴人のした自主的修正申告の額によるのが公平課税というべきであり、修正申告によつて生じてくる差額金は、控訴人のものと認められても、その余は個人の預金である。

(被控訴人)

一  国税通則法(昭和四五年法律第八号による改正前のもの。以下同じ。)第七九条第三項、第五項、第七六条第五項第一号によると、課税処分(原処分)に対する異議申立てにつき税務署長がした決定(以下「異議決定」という。)に対しては、審査請求をすることができないことは明らかである。

すなわち、同法第七九条第三項は、「当該異議申立てをした者がその決定を経た後の処分になお不服があるときは、その者は、……国税局長に対し、審査請求をすることができる。」旨規定している(控訴人のいう「決定書の送達謄本の教示」は、右規定と同内容を右謄本に印刷したものである。)が、右の「処分」が異議申立ての対象となつた課税処分(原処分)を意味することは、文理上明らかであり、右規定の趣旨は、課税処分(原処分)に、瑕疵がある場合に審査請求をすることができるとするものであつて、異議決定自体を審査請求の対象となし得るとするものではない。最高裁判所昭和四九年七月一九日第二小法廷判決(民集二八巻五号七五九ページ)も、国税通則法が審査請求によつて異議決定固有の瑕疵を争うことを認めていないことを根拠に、右瑕疵を是正するために異議決定自体の取消訴訟を提起することを認めているのである。

二  異議決定の取消しを求める訴えは、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)第三条第三項の「裁決の取消しの訴え」に該当し、右訴えは、裁決があつたことを知つた日から三か月以内に提起しなければならない(行訴法第一四条第一項)ところ、前記のように異議決定については審査請求をすることができないのであるから、異議決定の取消しを求める訴えには行訴法第一四条第四項の適用はなく、右訴えの出訴期間は、異議決定があつたことを知つた日又は異議決定の日からこれを起算すべきである(最高裁判所昭和五一年五月六日第一小法廷判決、民集三〇巻四号五四一ページ。なおこの判決は、改正後の国税通則法に関するものではあるが、前記最高裁判所判決もいうように、国税通則法が審査請求によつて異議決定固有の瑕疵を争うことを認めていないのは新法も旧法も同じであるので、異議決定取消訴訟の出訴期間についての判示部分は、当然本件についても当てはまる。)。

第三証拠 <略>

理由

一  当裁判所も更に審究した結果、控訴人の本件訴えのうち、本件各異議決定の取消を求める部分、昭和四〇年分と昭和四一年分の各更正及び重加算税賦課決定のうち各異議決定又は審査裁決により一部取り消された前のものの取消を求める部分並びに昭和四二年分の更正及び重加算税賦課決定の取消を求める部分は、いずれも不適法であり、その余の本訴請求はすべて理由がないものと判断するが、その理由は、次に訂正、付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四六枚目表二行目の「同人」を「控訴人代表者」に、同一〇行目の「一〇回」を「七回」に、同一一行目の「三回」を「二回」に、同四六枚目裏七行目の「窮」を「窺」にそれぞれ改め、同四九枚目表末行の「<証拠略>」の次に「、いずれも当審における控訴人代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる<証拠略>」を加え、同四九枚目裏一行目の「昭和」から同二行目の「購入し」までを削り、同三行目の「頃、」の次に「前記開業に際し取得した新居浜市若水町一丁目甲五四〇番地の四宅地八二・六四平方メートル地上の建物を取り壊し、」を加え、同五〇枚目表五行目の「四〇〇」を「二七〇」に、同五一枚目表二行目の「工藤ら」を「控訴人代表者工藤ら」に、同五二枚目表一行目の「西原忠信」を「証人西原忠信」にそれぞれ改め、同五四枚目表九行目の「入金」の次に「の一二三九円」を加え、同五七枚目表七行目の「三三一万一二一三円」を「三三三万一二一三円」に、同六二枚目裏六行目の「利率率」を「利益率」に、同六四枚目表一〇行目の「背理」から同一一行目の「これもまた」までを「酷のようであるが、ことがらの性質上」にそれぞれ改める。

2  ところで、控訴人は、本件各異議決定に対し審査請求ができないというのは誤りであり、しかも、国税局長が、控訴人の審査請求を却下せずに内容の審理をし、裁決したことは、出訴期間の経過についての控訴人の瑕疵を治ゆするものである旨主張する。

しかしながら、本件につき適用される昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法第七九条第五項は、国税に関する法律に基づく処分に対する審査請求について国税通則法第七六条第五項第一号の規定を準用しているところ、本件各異議決定は、同号に掲げる不服申立てについての決定に該当するから、これに対しては、更に審査請求をすることができないものと解されるのである。もつとも、同法第七九条第三項は、税務署長に対する異議申立てについての決定があつた場合において、当該異議申立てをした者がその決定を経た後の処分になお不服があるときは、その者は、その決定の通知を受けた日の翌日から起算して一月以内に、所轄の国税局長に対し、審査請求をすることができる旨規定しているが、右にいう「処分」が異議申立ての対象となつた原処分を意味することは明らかであつて、右規定は、異議申立てについてした税務署長の決定自体を審査請求の対象とすることを認めたものではない。そして、いずれも成立に争いのない<証拠略>によると、被控訴人は、控訴人に対し送付した本件各異議決定書の謄本の末尾に前記同法第七九条第三項と同旨の文言を印刷により記載(国税局長名の「高松」はペン書きである。)していたことが認められるが、これは前記趣旨を明記したに過ぎずこれを控訴人主張のように解することはできない。

また、いずれも成立に争いのない<証拠略>によると、高松国税局長は、控訴人の審査請求に基づき、本件各異議決定前の原処分(法人税更正処分、重加算税賦課決定処分、所得税の滞納告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分)に対し、実質的に内容を審査し、裁決をしたことが認められるからといつて、控訴人が主張するごとく出訴期間の瑕疵が治ゆされたと認めることはできない。

そうすると、本件各異議決定の取消しを求める訴えについては、行訴法第一四条第四項の適用はなく、その出訴期間は、右異議決定があつたことを知つた日又は決定の日からこれを起算すべきものであり、引用に係る原判決の認定事実によれば、本件各異議決定の取消しを求める訴えは、出訴期間を徒過した不適法なものというべく、かつ、控訴人主張のような瑕疵の治ゆも認めることはできない。

なお、本件は控訴人が異議決定について自分の見解を固執しなくても、原審は本件課税処分の実体について判断しているし、当審もそれを判断するので実益のない議論といわねばならない。

3  控訴人は、控訴人の実質は個人営業であり、個人としての開業時における投下資本が形を変えてその預金となつていたのであつて、高知相互銀行新居浜支店における金銭の出納がすべて法人である控訴人に帰属するとはいえず、むしろ、それはほとんど個人資金取引である旨主張する。

なるほど、<証拠略>によると、控訴人は、昭和二九年に設立された有限会社であるが、その営業の場所を控訴人代表者から賃借し、従業員もわずかで、主として控訴人代表者とその妻トメ子の稼働により営業を維持、発展させて来たものであることが認められる。しかしながら、本件課税年は、控訴人の法人化以来一〇年以上経過しているうえ、引用に係る原判決認定のように、その間、控訴人代表者は、相当の不動産を取得していること及び戦後の貨幣価値の下落傾向を考慮すると、個人としての開業時における投下資本が形を変えてその預金となつていたと認めることは困難である。また、引用に係る原判決認定によれば、控訴人代表者とその妻トメ子の本件係争事業年度における個人収入は、その子弟が私立大学、公立高校にそれぞれ在学中であつたこと等に鑑みると、控訴人が主張するように多額の預金ができるほどのものであつたと認めることは困難であり、原審証人工藤トメ子の供述並びに原審及び当審における控訴人代表者の本人尋問における供述中、高知相互銀行新居浜支店の真鍋禎吉名義の預金に一部控訴人のそれが混入しているが、大部分は控訴人代表者個人の預金であるという部分は、原判決四四枚目表裏掲記の各証拠、特に原審証人池本康久の証言(第一回)及び<証拠略>に照らし、採用できず、他に控訴人のこの点についての主張事実を認めるに足りる証拠はない。

4  控訴人は、被控訴人が原料の仕入れ調査において控訴人申告どおりの結果が出ているのに、販売量、コスト、経費などを厳密に計算せず、控訴人に対し、全国統計よりも著しく高額で地元の同業者の数倍に達する課税対象所得をすべて事後推計による方法で認定したものであると非難する。

ところで、課税標準となる所得金額の算定においては、収入金額(益金)及び必要経費(損金)の実額を計算して決定するのが原則であるところ、この実額計算が不可能な場合に、例外的に推計によつて課税標準を認定することが許容されるのであり、ここに推計とは、確実に調査又は計算することのできない課税標準を、最大限に可能な蓋然性をもつて真実であるとするような方法で明確にすることをいい、法人税法第一三一条によると、法人の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその内国法人に係る法人税の課税標準(更正をする場合にあつては、課税標準又は欠損金額)を推計することができるものとしている。したがつて、推計されるのは、課税標準又は欠損金額であつて、税額はもちろん、収入を得ているとか財産を有しているとか等の個々の事実は推計の対象ではないのである。

<証拠略>並びに引用に係る原判決の認定事実によると、本件課税処分における所得金額の算定は、控訴人の売上金額の記帳の不正確の発覚を端緒に架空名義の本件預金が被控訴人に把握され、これが簿外売上金として控訴人の実額売上金額に算入され、それに伴う調査により、簿外経費も実額で認定して計上されるに至つたものであつて、控訴人の主張するように課税対象所得をすべて事後推計による方法で認定したものでないことは明らかである。

なお、引用に係る原判決の認定事実によると、控訴人の課税対象所得がパン製造業者の全国平均販売売上高対総利益率より三ないし五パーセント強高額に認定されているが、この程度の高額を底定されたからといつて、直ちに違法と断定できないことは明らかであるのみならず、控訴人は、パン製造業よりも利益率の高い高級な洋菓子類も製造小売りしているのであるから、この点も総合して考えると、控訴人の課税対象所得金額が高額にすぎるものとは到底認められない。

二  よつて、以上と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき、行訴法第七条、民事訴訟法第九五条本文、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博 滝口功 川波利明)

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